
こんにちは。晴田そわかです。
今回の記事では《【雑学】小学生が驚く七五三の“裏側”|本当は怖い?優しい?日本の行事のひみつ》について紹介させて頂きます。
- ■序章|七五三には“かわいい写真の日”だけじゃない顔がある
- 【第1章】七五三の本当の意味|なぜ“7・5・3”歳なの?
- 【第2章】実はちょっと怖い?七五三の“裏側エピソード”
- 【第3章】逆にとても優しい“七五三の知恵”
- 【第4章】小学生が驚く七五三の雑学ベスト10
- 【第5章】学校・家庭で話したい!七五三をめぐる学びのポイント
- 【第6章】現代の七五三はどう変化した?
- 【第7章】まとめ|怖さも優しさも知ると七五三がもっと面白い
■序章|七五三には“かわいい写真の日”だけじゃない顔がある
七五三というと、多くの人が「かわいい着物」「千歳飴」「写真館での撮影」を思い浮かべます。
しかし、この行事の本当の姿を知ると、誰もが少し驚くはずです。
なぜなら、七五三は
「子どもの命を守るために生まれた行事」
という“裏側”を持っているからです。
昔の日本では、今よりずっと病気や事故が多く、子どもが無事に育つのは簡単ではありませんでした。だからこそ、家族や地域が力を合わせて、子どもの成長を祈る日が必要だったのです。
七五三の歴史には、
-
少し怖い話
-
とても優しい話
-
「なるほど!」と驚く雑学
がぎゅっとつまっています。
この記事では、小学生でも大人でも楽しめるよう、七五三の“裏側”をとことんわかりやすく紹介します。
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【第1章】七五三の本当の意味|なぜ“7・5・3”歳なの?

●1-1 奇数は「縁起がいい」から
七五三の年齢は
3歳・5歳・7歳。
これは単なる語呂合わせではありません。
昔の中国では、
奇数(1・3・5・7・9)は“陽(よう)”の数で縁起がいい
と考えられていました。日本ではこの考え方が採り入れられ、奇数は「成長」や「発展」を表す数字として大切にされていたのです。
だから、子どもの節目は奇数で祝うのが自然な流れだった、というわけです。
●1-2 昔は「子どもが無事に育つこと」が最大の願いだった
七五三の起源を知るには、昔の生活を想像する必要があります。
医学が発達していなかった時代、
赤ちゃんや幼児が病気で亡くなることは珍しくありませんでした。
現代のように予防接種もなく、栄養状態も安定していません。
だから、
「ここまでよく育ってくれた」
「この先も元気でいてほしい」
という願いを込めて、節目ごとに祈りの儀式が行われていました。
つまり、七五三は
怖い時代を乗り越えるための“祈りの行事”だった
ということです。
この背景を知ると、七五三が単なるイベントではないことがわかります。
【第2章】実はちょっと怖い?七五三の“裏側エピソード”

ここからが、現代の子どもたちが驚く「七五三のこわさ」です。
もちろん、こわいだけではありません。昔の人がどれだけ子どもを守ろうとしていたかがよくわかる話でもあります。
●2-1 「髪置き」「袴着」「帯解き」は“命を守る儀式”だった
七五三には、年齢ごとに「儀式の名前」があります。
-
3歳:髪置き(かみおき)
それまで剃っていた髪を伸ばし始める儀式 -
5歳:袴着(はかまぎ)
初めて袴を着る儀式(男の子) -
7歳:帯解き(おびとき)
ひもで結んでいた着物から帯を結ぶ“大人と同じ着方”への移行(女の子)
これらは単なる「衣装チェンジ」ではなく、
“弱い子どもを守る魔除けの節目”
と考えられていました。
昔の人々は、
「悪いもの(病気・事故・災い)が子どもにつかないように」
と強く願っていたため、衣服の変化にも意味を込めていたのです。
●2-2 鬼や疫病を避ける“まじない”としての七五三
平安時代や江戸時代の人たちは、
「この世には目に見えない悪いものがいる」
と本気で信じていました。
だから、節目の行事で神社へ行き、
「どうか子どもに悪いものがつきませんように」
と祈ったのです。
これを聞くと「ちょっと怖い…」と思うかもしれませんが、裏を返せば
子どもを必死で守ろうとした優しさの証拠
でもあります。
●2-3 千歳飴の“長い形”は偶然ではない
「千歳飴(ちとせあめ)」は七五三の象徴ともいえるお菓子です。
あれが“細くて長い”のは、
「長生きできますように」
という願いが込められているからです。
色が赤と白なのは、
-
赤=魔除け
-
白=清らかさ
という意味があり、これも昔の人が子どもを守りたかった気持ちの表れです。
●2-4 11月15日は安全な日取りだった
なぜ七五三は「11月15日」に行うのが伝統なのでしょうか。
実は、
昔の暦で“悪いことが起きにくい縁起の良い日”
とされていたからです。
また、「とある将軍の子どもがこの日にお祝いをした」という伝説もあり、
武家社会の“成功例”が広まり、庶民の行事として定着したと言われています。
【第3章】逆にとても優しい“七五三の知恵”

七五三には、怖さだけではなく、
「子どもを思う深い優しさ」
がたくさん込められています。ここでは、知ると心があたたかくなる“優しい裏側”を紹介します。
●3-1 七五三は「子どもの背中を押す応援メッセージ」
七五三の中心は、「お祓いを受けること」ではありません。
本質は、
「家族全員で子どもの成長を喜び、これからの人生を応援する」
という気持ちにあります。
昔は今日のように誕生日を祝う文化が一般的ではなかったため、節目の行事は家族の大切な“成長記録”でもありました。
つまり、七五三は
昔の家族が子どもに送っていた“応援メッセージ”
というわけです。
●3-2 千歳飴の袋の絵には「守りの力」がある
千歳飴の袋をよく見ると、
-
鶴
-
亀
-
松
-
竹
-
梅
といった縁起のいい絵が描かれています。
これらはすべて、
“子どもを守る象徴”
として昔から大切にされてきたものです。
「長生きしますように」
「元気で育ってね」
という願いが、袋の絵にぎゅっと詰まっています。
飴そのものだけでなく、袋にまで意味を込めた昔の人の想いは、少し胸が熱くなるほど優しいものです。
●3-3 神社へ行くのは“お願い”より“ありがとう”
七五三は「何かを叶えてもらう日」ではありません。
本来は、
「ここまで育ててくれて、ありがとう」
を神様に伝える行事でした。
神主さんがお祓いをするのも、
「これからも見守ってあげてください」
というお願いと同時に、
「今日まで守ってくれてありがとう」
という感謝の意味があります。
これは現代でも変わらない、七五三の“優しい伝統”です。
●3-4 地域ごとに違う“あたたかい七五三”
七五三には地域差がありますが、どれも
子どもに合わせて行事を最適化した“やさしい工夫”
と考えることができます。
例として、
-
北海道・東北
寒さを避けるため、10〜11月の早めに行うことが多い -
関西
「帯解き」の文化が強く残り、7歳の意味を大切にする -
沖縄
七五三はあまり行わず、旧暦の祝い事を優先する地域も
どの地域にも共通しているのは、
「子どもが安全に、無理なく、気持ちよく迎えられるように」
という思いです。
これもまた、七五三の“優しい裏側”と言えるでしょう。
【第4章】小学生が驚く七五三の雑学ベスト10

ここからは、調べ学習や授業でも使いやすい、
「へぇ!」が止まらない七五三の雑学集
を紹介します。
【雑学1】11月15日は「とある将軍」のお祝いから広まった
七五三の日付には、徳川家の“あるできごと”が影響していると言われています。
将軍の子どもが健康を祈って行ったお祝いが評判になり、
「うちの子もあやかりたい!」
と絶大な説得力を持って全国に広まったという説があります。
権力者の行事は、当時の人々にとって“成功のお守り”のような存在だったのです。
【雑学2】千歳飴は、最初から棒状の飴だったわけではない
千歳飴は細長い形で知られていますが、
江戸時代の初期にはもっと太く短い形だった
とも言われています。
細くて長い形は、「もっと長く、もっと長く」という願いが強まった結果、
“縁起最優先の進化”
として定着したと考えられています。
【雑学3】神社によっては“七五三専用の鈴”がある
参拝のときに鳴らす鈴には、
子どもや家族を迎えるための特別な組紐
を使っている神社もあります。
「小さな手でも扱いやすいように」
「音が優しく響くように」
といった工夫があり、行事への思いが感じられます。
【雑学4】昔は男の子と女の子で年齢が違った
もともと七五三は、
-
男の子:3歳・5歳
-
女の子:3歳・7歳
とされていました。
これは、地域や時代によって体格や成長の捉え方が違ったためです。
今でも場所によっては、昔の風習がそのまま残っていることがあります。
【雑学5】千歳飴の袋は、昔は“職人の手描き”だった
今日では印刷技術で大量生産されていますが、江戸時代には
袋の絵が手描きのアート作品
だったこともあります。
職人は「この子が元気に育ちますように」と願いながら描き、
一枚一枚に“祈り”がこめられていました。
【雑学6】平安時代には“もっと大変な儀式”があった
七五三の元になった儀式は、
平安時代の貴族の子どもの成長儀礼。
当時は、髪型や衣装の変化だけでなく、
占い・祈祷・和歌を贈るなど、もっと複雑な行事が行われていました。
七五三はむしろ
簡略化された“やさしいバージョン”
と言えるかもしれません。
【雑学7】髪型を見ると、身分や願いごとがわかった
昔の子どもの髪型には「魔除け」「身分」「願い」などの意味があり、
七五三の時期には特別な結い方をする地域もありました。
たとえば江戸時代の武家では、
結び目の形で“元気に育ってほしい”という祈りを表現
していたと言われています。
【雑学8】秋以外に七五三をする地域も多い
北海道や東北では、気候の関係で
10月中旬〜11月初旬に前倒し
して行うことが一般的です。
また、沖縄では旧暦でのお祝いが根強く、
七五三の日付にはこだわらないことも。
七五三は日付よりも“気持ち”が大切だということがわかります。
【雑学9】神主さんが子どもにだけ伝える“ひみつの言葉”
七五三のご祈祷で、神主さんが子どもの頭に手をかざしながら
「すこやかに育ちますように」
とやさしく唱える場面があります。
これは古くから続く「祝詞(のりと)」で、
子どもを安心させるために
声のトーンを少しだけ柔らかくする
という工夫を行う神職の方もいます。
行事の裏側に、人のあたたかさが見える瞬間です。
【雑学10】七五三の“写真文化”は意外と新しい
いまや主役級の「写真撮影」ですが、
実は本格的に広まったのは昭和後半〜平成に入ってからです。
昔はカメラが高価だったため、
七五三=神社への参拝がメイン。
時代が進み、写真館やスタジオが増えたことで、
「家族の記念日」としての性格が強まりました。
【第5章】学校・家庭で話したい!七五三をめぐる学びのポイント

七五三は、ただの行事ではなく、
生活・文化・家族の歴史を学ぶ教材
としてもとても優れています。
●5-1 国語:行事の名前の漢字が面白い
-
七五三=しち・ご・さん
→ なぜ「七・五・三」という漢字なのか -
「帯解き」「袴着」など、行事名が漢字の学習にぴったり
「漢字の形」と「行事の意味」をあわせて学ぶと、国語の理解が深まります。
●5-2 社会:昔のくらしが行事に表れている
七五三は、
医療が発達していない時代の願い
を反映した行事です。
-
どうして幼児が無事に育つことが難しかった?
-
どんな病気が流行していた?
-
どうやって災いから身を守ろうとした?
こうした背景を知ると、社会科の「昔のくらし」の理解が一段深まります。
●5-3 算数:奇数は縁起が良い?数字から見る文化
七五三の「3・5・7」という数字には、
“奇数は縁起が良い”という文化的な理由
があります。
数字の文化的な側面を学ぶことで、
「算数=生活につながっている」
と気づくきっかけになります。
●5-4 家庭科:家族の成長を祝う文化に触れる
七五三は、家族全員で祝う行事。
家庭科の「家族の成長」や「家族の関わり方」と結びつけると、
学習内容の理解がより豊かになります。
【第6章】現代の七五三はどう変化した?

七五三は時代とともに変化しています。
現代の七五三には、昔にはなかった特色がいくつもあります。
●6-1 “写真中心”のイベントへ変化
SNSの普及もあり、
見た目を楽しむイベント色が強くなった七五三。
写真スタジオは、和装・洋装・テーマ衣装などバリエーションが豊富です。
●6-2 前撮り・ロケ撮影が定番に
混雑を避けるため、
秋よりも前に撮影をすませる「前撮り」
をする家族が増えました。
神社の近くや公園で撮るロケ撮影も人気です。
●6-3 “家族の記念日”としての意味合いが強まった
昔は「子どもの無事を祈る日」だった七五三。
現代では、
「家族の節目を記録に残す大切な記念日」
として楽しまれています。
祈りの心は変わらずに、
時代に合わせて“優しくアップデートされた行事”になっていると言えるでしょう。
【第7章】まとめ|怖さも優しさも知ると七五三がもっと面白い

七五三には、
-
子どもを守りたいという思いから生まれた“少し怖い裏側”
-
成長を心から喜ぶ“やさしい伝統”
-
地域や時代ごとに進化してきた“文化の知恵”
のすべてが詰まっています。
普段は写真や飴のイメージが強い行事ですが、歴史を知ると
「日本の家族が積み重ねてきた大切な文化」
であることがよくわかります。
怖さと優しさ、その両方を知ることで、七五三はもっと魅力的に感じるはずです。
学校でも家庭でも、話題にしやすい“日本の行事のひみつ”として、ぜひ楽しんでください。
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